2022.07.04コラム

今だから読みたいおすすめ本——「同志少女よ、敵を撃て」逢坂冬馬・著

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この記事では…

ウィズコロナの余暇を有意義に過ごせる一冊として、「同志少女よ、敵を撃て」(逢坂冬馬・著)を紹介する。

(執筆:柳本 浩希/石油化学コンサルタント)

ウィズコロナの余暇を有意義にする一冊

欧米はもとより、日本においても都市部では特にウィズコロナのライフスタイルが定着しつつあります。通勤電車のラッシュも一時に比べれば緩和され、街には昼飲みの看板が以前よりも多く見かけるようになりました。

海軍歌で「月月火水木金金」という50歳以上の男性を判別する試金石のような楽曲がありますが、土日はなく週7日労働し社会に奉仕するというような時間を単位とした日本の伝統的な労働観は、緩やかにタスク型の労働へと移行しつつあります。つまり与えられた仕事のプロである自身が会社から仕事を託され、期限までにこなせば良いわけです。

これまで頻繁に開催されていた対面の面談や会議は減り、会社はオフィスを狭くして在宅率を義務化し、賃料固定費を削減しました。さて、そうなると、当然家で仕事をする機会が増えます。これまでのような「ちょっと。○○さん、この件ですが……」のような上司部下からの突発的な横やりや、固定電話への応対もなくなるわけです。

これまでよりも時間が出来てくるわけですが、この時間というのは人間にとって厄介なもので、増えたら増えたでなにかしたくなるわけです。人間は刺激がないと精神錯乱状態になってしまうのは心理学における感覚遮断実験で実証済みなわけですが、ウィズコロナの新しいライフスタイルの中でこの時間をうまく自分にとって有意義に使えている、なにか合目的的なことができているような人というのは、もしかするとそれほど多くないのかもしれません。

そこで、すき間時間が増えている今、読者の方々のQOL(Quality of Life)向上の一助となるべく、世界の行く末に不透明感が漂う今だからこそ読みたいおすすめ本をご紹介します。

今回ご紹介するのは、2022年の本屋大賞を受賞した、逢坂冬馬氏の「同志少女よ、敵を打て」(早川書房・刊)です。

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柳本が今、この本を勧める理由

私は知り合いにこの本を紹介した際、「第二次世界大戦の独ソ戦でソ連の女狙撃兵が活躍した話なんて、いま読む気になれない」と言われました。昨今のロシアによる軍事行動を見聞きすれば当然の反応だと思います。この本が単にソ連の女性狙撃兵のサクセスストーリーに終始し、リアルな戦闘を楽しむスリルアクションのようなジャンルに留まっているのであれば、知人はもとより、このように不特定多数の読者の方にお勧めはできません。私がこの本をお勧めしたい理由は、2つあります。

1つは、戦争ということがどういったもので、なにをもたらすのか、この本は今一度考えなおす機会を与えてくれます。

現在進行中のウクライナ戦争についても、足元の報道を超越したいわば「戦争の公理」のようなものを提供しています。まるでこの本が表象する独ソ戦をいまの戦争が上書きしているに過ぎないと言わんばかりに、この本で描かれる差別、非人道的行為、加害者と被害者の交錯は現在と精通します(これはとても哀しい現実ですが)。以下の引用部は、読んだだけで、はっとされるのではないでしょうか。今を知るエッセンスのようなものが丹念に盛り込まれています。

「ソ連にとってのウクライナってなに?略奪すべき農地よ」⁠p.78
「⁠110万人のなかの数万という数値に紛れ込み、誤差のような数字の一部として、誰にも認識されることもなく、その遺体とともにロシアの平原に葬られた」⁠p.180
「おそらく、ソ連がドイツに攻め込んで反撃を食らって今の戦況があった場合、こうはならなかったのだろうとセラフィマは思う。防衛戦争として侵略者を撃破するという大義名分を胸に抱いているからこそ、膨大な抵抗は可能となった」p.238
「自分が怪物に近づいてゆくという実感が確かにあった。しかし、怪物でなければこの戦いを生き延びることはできないのだ」p.267

2つ目は、この本が私たちの国や社会のあり方、そして一人ひとりの生き方がどうあるべきか「女性と戦争」という視点から問いかけている点です。

主人公の女性狙撃手セラフィマが戦争を内面化しながら、大きな時代の流れに翻弄され男性が牛耳る集団倫理に巻き込まれながらも、自分の生きる道を探っていきます。読者はセラフィマの心の揺れ動きを追体験することで、私たち自身の国家観や社会の捉え方、そして人生の意味を問い直す手がかりを得られると思います。セラフィマは侵略者であるナチス・ドイツを敵視し勇敢に戦いますが、しかしながらその一方で、ソ連の戦争犯罪や独裁主義、事実の隠蔽に対しても幻滅しています。

(幼馴染の男性兵士がドイツ軍の蛮行を語った後)「けれど私たちはそれを言い訳にして悪魔になってはいけない」p.357
「いたましい悲劇の物語、恐ろしい独裁の物語。そしてそれは、独ソのどちらでも、男たちの物語だった」p.475

男性的な社会の中で無意識で平然と暮らしていることに、そろそろ私たちも気づかなければなりません。

合理化や統合(インテグレーション)、権威(ブランド)化、消費促進、安全を無視した売り上げ至上主義といった伝統的な男性的経営手法だけでは中長期的な経営ができない時代に入っています。それはウィズコロナの新しいライフスタイル、労働観、平和、安全、環境・エネルギー問題、持続可能な社会の実現など、およそあらゆる課題に言えることではないでしょうか。

この本の表紙には、セラフィマが狙撃銃の照準を合わせている様子が描かれています。彼女が無心で睨む標的は、彼女自身の中の「悪魔」かもしれませんし、ひいては今を生きる私たち読み手かもしれません。自分自身に潜む「悪魔」に対して徹底的に向き合うことが必要であることを、この本は独ソ戦という人類史に記憶されるべき悲惨な戦いを通じて教えてくれます。それは、短期的で利益と規模を最優先としながら、既存のスキームを効率化することばかりに固着し、定年退職目前になればあらゆる挑戦の剣を取り下げて、まるで自分の人生と会社が同じであるかのように、これまで使ってこなかった古びた盾をかざし続けるような、そんな誘惑と向き合うことでもあります。

女性性と戦争というテーマに向き合う、もう一冊

なお、この女性性と戦争というテーマに関心を持たれた方は、イギリスの女性作家、ヴァージニア・ウルフ氏の「灯台へ」をおすすめします。

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両作品には文明社会が喪失した女性性への希求という大きなテーマが底通しています(文体やスタイルはとても異なりますから、読み比べると面白いと思います)。今流行りの「女性登用促進」よりもはるかに重要で私たちがこれから大切にしなければならない「女性的」価値観や視点をこれらの作品は静かに訴えかけています。

プロフィール

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⁠⁠【⁠⁠柳本 浩希(やなぎもと・ひろき)】⁠⁠1985年生まれ。大学卒業後、総合化学メーカーに就職し、石化コンビナートの現場、ナフサの調達、合成樹脂の営業を経験。その後、ナフサ取引の仲介や情報誌の編集責任を務め、2026年5月に炭化水素リサーチ株式会社を創業(https://hc-r.co.jp/)。ナフサと石油化学業界必携のNaphtha Portalを立ち上げる。



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PlaBase編集部
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