HIEN Aero Technologiesを設立した御法川氏に、HIENの設立で実現したいことやHIENの特徴であるハイブリッドシステムについて聞きました。
HIEN 御法川氏に聞いた、eVTOLの実現を目指す理由と要素技術:空飛ぶクルマの要素技術(2)

この記事では…
(執筆:一之瀬 隼/ 製造業ライター)
本連載では、世界中で急速に開発が進められている「空飛ぶクルマ」について、実現のために必要な要素技術に注目し、情報を整理していきます。
今回は、法政大学の教授で、空飛ぶクルマの開発を行うベンチャー企業のHIEN Aero Technologies株式会社(以下、HIENと表記)を設立した御法川学氏に、HIENや空飛ぶクルマについて話を伺いました。
その内容を3回にわたって紹介します。初回である今回は、HIENを設立した経緯やHIENが協力メンバーと共に開発する機体の特徴であるハイブリッド技術について解説します。

HIEN Aero Technologies 代表取締役 御法川 学氏
HIENを設立した理由
HIEN Aero Technologies株式会社は、2021年12月に設立された新しい企業で、電動航空機やeVTOL(電動垂直離着陸機)の研究、開発、製造、販売を中心に取り組んでいます。HIENが開発するeVTOLは、ハイブリッドシステムの活用による実用的な航続距離に加えて、スケーラブル(Scalable)を基本コンセプトに開発しています。
“スケーラブルとは、私達の*eVTOL開発の基本コンセプトです。模型飛行機の延長であるドローンと、航空機である旅客用eVTOLとでは、技術要求や運用方法が根本的に異なります。しかし、UAMが実現する社会では、大型ドローンは高ペイロード・長距離飛行が要求され、旅客用eVTOLは従来の航空機より遥か低空をドローンと混在して飛行することになり、海外では両者の境界は無くなると考えられています。となると、機体アーキテクチャやパワーシステム、ソフトウェアは同一の概念で設計し、ニーズに応じてスケーラブルに製造する必要があります。これは同時に、市場の成熟に合わせ、機体の開発をスケーラブルに行うことでもあります。”

引用:HIEN Webサイト
御法川氏は、空飛ぶクルマの開発に取り組むHIENを設立した理由についてこう話します。「私はこれまで、大学に所属する教育者としてパイロットや航空産業のエンジニアを育成してきました。しかし、日本国内で航空産業のエンジニアが活躍する場が年々減ってきています。このまま何も対策を取らないと、将来的に日本で航空産業を発展させていく人がいなくなってしまうため、教育・研究の場の1つとしてHIENを活用できればと考えています」
御法川氏は、単に空飛ぶクルマであるeVTOLを開発するだけではなく、日本の航空業界を支えていく人材を育てるための取り組みとして、HIENを設立しました。
現在の航空業界の実情
御法川氏が危機感を覚える日本の航空産業には、欧米主導の開発環境が大きな影響を与えています。ここでは、欧米主導の開発環境の特徴や課題、その対策としてHIENが目指す新たなサプライチェーンについて紹介します。
欧米主導の開発

日本は終戦直後に、GHQ(連合国軍最高司令官総司令部)により発令された「航空禁止令」がきっかけで(その後1952年に、サンフランシスコ講和条約により撤廃)、中島飛行機(今のスバル)や三菱重工業といった軍用機を開発していたメーカーが航空機開発から撤退せざるを得なかった歴史がありました。その後、国産旅客機の完成機の開発の取り組みも少し行われましたが、上手くいっていません。
現在、航空機の完成機に関する規格制定は、欧米の主力の企業が押さえています。国内の航空産業にかかわる製造業も、欧米主体の規格に基づいて動き、部品を納入できるサプライヤーも限定されてきました。そのため、長いこと「欧米企業の下請け」状態でした。
こうした事情から、国内の航空機産業に勢いがあるとは決していえない状況です。「やがて、国内の航空機産業や、『空飛ぶ乗り物』の技術は衰退していってしまうかもしれない」と御法川氏も危惧しているということです。
ただしeVTOLについては、まだ市場を作るに至っていない黎明期であることから、今も規格制定すら行われていない状態です。これが、国内企業にとってはチャンスであると御法川氏は言います。
HIENが目指す新たなサプライチェーン
御法川氏は、「大手メーカーからの指示を受けて、ただ作るだけという状況を改善するために、新しいサプライチェーンの形を構築したい」と話し、さらにこう続けます。
「これまでのように完成品メーカーから部品メーカーへの一方通行の開発ではなく、日本に航空産業の技術を残せるようなオープンで双方向の取り組みにできればと考えています。具体的には、eVTOLの実現や性能向上に貢献できると技術を持つサプライヤーが技術を提案し、それをHIENが完成品となる機体にまとめ上げるような、新しいサプライチェーンを実現したいと考えています。これまで航空業界の仕事をしたことがない、例えば自動車業界や電機業界の部品サプライヤーなどにもぜひ参加してほしいです」
ハイブリッド技術を活用したHIENの機体
最後に、HIENが開発しているeVTOLの特徴であるハイブリッド技術について紹介します。
純電動の課題
eVTOLの開発では、EV(Electric Vehicle)のように動力源として電力のみを用いる純電動での開発が中心となっています。
御法川氏は、純電動の課題についてこう話します。「機体重量や搭載する電池の特性などの設定によりますが、純電動の機体の場合には飛行時間は15分程度に制限されます。緊急時の予備時間を考えると常用時間は10分弱になってしまうため、用途が制限されてしまいます」
EVが発売し始めた頃の、1回の充電での走行距離が短く用途が限られた状況をイメージすると分かりやすいでしょう。eVTOLの場合には、充電スポット増加で使いにくさをカバーすることはできません。飛行時間を伸ばすためには、機体の大幅な軽量化や電池技術の革新が必要です。
ハイブリッド技術の優位性
純電動の機体よりも電動距離を伸ばしeVTOLの適用範囲を拡大するために、HIENではガスタービンエンジンとモーターのハイブリッドシステムを採用しています。
HIENのハイブリッドシステムは自動車で考えると、日産自動車のe-POWERに近い考え方です。トヨタ自動車のTHS(トヨタハイブリッドシステム)は、エンジンを発電と走行の両方に用いますが、e-POWERはエンジンを発電にのみ用い、走行はモーターで行います。

e-POWERにおける出力の仕組み 出所:日産自動車のプレスリリース
御法川氏は、「エンジンとモーターの両方で浮上や飛行を行う場合、飛行時には大きな負荷変動が生じます。安定した動力供給ができず、安定的な飛行を行うために必要な細やかなエンジン制御が難しいため、一旦電池に供給する方式を採用しています」と話します。
また、ハイブリッドシステムを採用するのはカーボンニュートラルの観点でも純電動に対して優位性があると考えられています。
現在は製品使用時だけでなく、原材料の調達から生産、廃棄、リサイクルに至るまでライフサイクル全体の温室効果ガス排出量を減らすことが求められています。ライフサイクル全体の排出量を考えると、現在の技術では、純電動よりもハイブリッドシステムの方が優れています。
航空業界の将来につなげるための空飛ぶクルマ
HIENは、ハイブリッドシステムを搭載したeVTOLの開発を通して、後進を教育する場の提供や新たなサプライチェーンの構築による航空機産業のサプライヤー構築を目指しています。これは、日本の航空業界の将来を明るく照らす取り組みです。
次回以降の記事では、eVTOLを実現するために必要な要素技術について掘り下げていきます。
自動車部品メーカーの現役エンジニアとして、先行開発から量産展開まで幅広い業務を経験。2022年より新規事業開発に着手。企業としての活動に加えて、コロナ禍で誕生した子供に背中を見せられるように、個人として製造業にどう貢献できるかを模索しながら活動をしている。

