中東をめぐる地政学的緊張はさらに高まり、ロシア国内の主要製油所も戦火の中に。そうした情勢がナフサや石油化学マーケットにも影響を与えている。この地政学的緊張の中身と今後の展望について、石油化学コンサルタントが解説する。
ナフサや石油化学への影響は? 緊迫する中東とロシアの地政学(前編)

この記事では…
(執筆:柳本 浩希/石油化学コンサルタント)
既に報道などで明らかなとおり、現在中東をめぐる地政学的緊張はさらに高まっています。さらに、ロシアの製油所に対する攻撃も散見されており、ナフサや石油化学のマーケットにも影響を与えています。今回は前後編で、この地政学的緊張の中身と、今後の展望について押さえていきたいと思います。前編では、現在の中東をめぐる地政学的緊張について解説していきます。

イスラエルとパレスチナの対立と、商船への攻撃
イスラエルとパレスチナとの対立は2023年10月に発生したハマスによるイスラエル南西部の急襲後に激化し、戦争状態が足元も続いています。パレスチナ紛争は過去にも中東の周辺国を巻き込んだ戦争を誘引してきました。パレスチナを支援するイランは、イスラエルのみならずイスラエルを軍事支援する米国をも敵対視し、相互の陣営における緊張状態は高まっています。パレスチナを支援しイスラエルや米国側を非難しているのは、イランやレバノンのヒズボラやイエメンのフーシらイスラム教シーア派の組織です。この対立激化への懸念が大々的に表出した事案が、バブ・エルマンデブ海峡やアデン湾を航行する商船に対するフーシによる攻撃でした。
バブ・エルマンデブ海峡はアラビア半島とアフリカ大陸との間に位置し、紅海とインド洋を繋いでいます。紅海はスエズ運河を経由して地中海へと接続しますので、バブ・エルマンデブ海峡は欧州や北アフリカ地中海沿岸、ロシア黒海沿岸とアジアとの間の航路における要衝ということになります。同海峡のアジア側の出口はイエメンのアデン湾と接続しますので、イエメンの干渉を受けやすい地理的条件が整っています。
イランは自らイスラエルや米国を直接的に攻撃するのではなく、またアラビア湾岸諸国の生命線ともいえるホルムズ海峡の地政学を高めるのではなく、盟友であるフーシをして国際貿易の要衝を航行する商船へ攻撃させることで、国際世論の注目を集める戦略があるのかもしれません。イスラエルによるパレスチナへの更なる攻撃を食い止めるためにほかなりませんが、イスラエルとパレスチナのハマスとの間の協議が難航を極めている昨今の情勢から鑑みれば、洋の東西を分かつバブ・エルマンデブ海峡の航行はしばらくの間危険を伴う状況が続きそうです。
下表に示したのはパレスチナ紛争発生後の最初の攻撃から4月現在までの来歴です。

攻撃された主な商船の一覧
ご覧いただくとすぐに分かりますが、ほぼ無差別に攻撃していることがわかります。日本や英米の大手海運会社や大手資源商社、オイルメジャーらは2023年12月中旬に攻撃が活発化すると、すぐにリスク回避の向きから同海域の航行を停止しました。これによって、従来のスエズ運河を経由する航路から、一気にアフリカ大陸の南端である喜望峰経由のルートへと切り替えられたのです。
喜望峰経由で東アジアに運んだ場合、欧州の中心港であるアムステルダム、ロッテルダム、アントワープ港(ARAと総称されます)からの航海であれば8日程度のロスで済みますが、地中海沿岸や黒海沿岸の積み地からの航路ともなると、モロッコまで逆走しなければならず、2週間程度航海日数が増加します。
これによって、船賃が上がるほか、航海日数の増加はあらゆる船舶の需給をタイトにしました。コンテナ船、バルク、タンカー全ての海運市況が上昇し、また船舶会社の株価も一時高騰しました。
ナフサ市場への影響は?
地中海沿岸や黒海沿岸の積み地からの供給に頼っていたナフサでは、期近到着物の需給は引き締まることになります。例えばアルジェリアにあるスキクダ港は、アジアへナフサを輸出する主要な積み地の一つです。ここからスエズ運河を経由してアジアへ輸出すると、日本や韓国、台湾に到着するのは約30日後となります。しかし、スエズ運河を経由することができなくなったことから、45日後へとスリップしてしまいます。15日刻みでマーケットは形成されていますから、この船が遅れた分期近の現物を調達しなければならなくなります。それによって、マーケットは一気にバランスタイトになりました。
ナフサは他の石油に比べて、アジア域内の不足幅が多い石油製品です。そのため、スエズ運河経由での供給を月に100万~150万トン程度必要としてきました。そのため、スエズ運河を利用できないことでの影響は他のコモディティよりも大きいと言えます。なかでも、2024年1月26日に発生したMarlin Luanda号に対する攻撃は、積み荷がナフサだったこともあり、市場参加者に衝撃を持って受け止められました。これによって、リスクを冒してでもスエズ運河を経由していわばショートカットするプレーヤーはさらに減りました。
このように、中東の地政学的リスクはナフサマーケットに多大な影響を与えたわけですが、それだけでは収まりませんでした。スエズ以西では黒海やバルト海沿岸のロシアの製油所が攻撃を受け停止する事態になったのです。
後編では、ロシアの製油所への攻撃について解説し、ナフサ相場に与える影響を総合的に深掘りしていきたいと思います。
1985年生まれ。大学卒業後、総合化学メーカーに就職し、石化コンビナートの現場、ナフサの調達、合成樹脂の営業を経験。その後、ナフサ取引の仲介や情報誌の編集責任を務め、2026年5月に炭化水素リサーチ株式会社を創業(https://hc-r.co.jp/)。ナフサと石油化学業界必携のNaphtha Portalを立ち上げる。
