新素材で作る、新しい食の体験とは:モノづくりとデザイン(3)

この記事では…
筆者が実際に立ち上げにかかわったブランド「ARAS(エイラス)」を例に、モノづくりにおけるデザインプロセスについて解説する。

(執筆:上町達也/secca inc. 代表取締役、プロダクトデザイナー)

前回から、筆者が実際に立ち上げにかかわったブランド「ARAS(エイラス)」を例に、第1回でお伝えしたモノづくりのデザインにおける8つのプロセスについておさらいしています。前回はその1~4のプロセスについて紹介しましたが、今回は5から説明していきます。

「ARAS(エイラス)」のカトラリー

「ARAS(エイラス)」のカトラリー

5. 具体的なアイデアを描く


数ある候補の中から、最初に世に提案すべきアイテムは、この新素材の可能性を最も感じてもらえるアイテムであるべきと考え、プレート(大皿)とカトラリーを選択しました。

プレートの選択理由は、とかく「安っぽい」といわれてきた合成樹脂、所謂プラスチックであっても、食卓の中で視覚的に美しい景色を作り出すことができることを伝えたかったのに加え、採用した直径275mmの汎用的に使いやすい大皿が、陶磁器やガラスだと大きさ故に重く、割れないように扱う緊張感が生まれるのに対して、「割れずに軽い素材」の安心感を最も分かりやすく体感してもらえると考えたからです。

また、カトラリーに関しては、新素材だから得られる驚きの口当たりや、金属臭などがなく味覚の邪魔をしない心地良さ、ずっと持っていても苦にならない重さなど、五感全体でARASが食体験へ与えるインパクトをフィジカルに体感してもらえる最高のアイテムと考えたため、選択しました。

さらに、工業製品の代名詞ともいえる合成樹脂は、幾何学的で無機質な造形を連想する素材であるのに対して、不規則で有機的な造形やムラを積極的に採用し、まるで工芸品であるかのような意匠を実現しました。

6. 実現する


ARASに採用したのは割れづらく、環境ホルモンが溶出せず、100%リサイクル可能な新素材「トライタン」です。トライタンは、まともに扱える企業が国内に未だ2社しかないほど未開拓な素材ともいえます。それ故に、確立したノウハウも少なく、全てがチャレンジでした。

5.で記述したプレートでは、工芸的な質感を実現するため、金型の設計方法から見直しています。強度調整のためにトライタンに含有させたガラス繊維の配合が外観に及ぼす影響のコントロールや、それらを安定して生産するための成形条件について工場に張り付いて幾度もテストして詰めていきました。

カトラリーでは、他の素材では実現できない圧倒的な口当たりを実現するため、先端の厚みを0.5mmまで薄く成形することを目標に、金型の条件を同じく技術者と二人三脚で詰めていきました。

ここで重要なのは、やはり双方のコミュニケーションです。新しいデザインを根本から生み出す場合は、技術者にとってやったこともない方法ばかりに取り組むことにもなりやすくなります。「何のためにそれらの難題に立ち向かう必要があるのか」を丁寧に共有しなければ、デザイナーの独りよがり、言ってしまえば「ただのワガママ」になってしまい、彼らの士気を下げ、結果的に魅力的な製品は生まれません。

上記のビジョンや具体的な目標を共有できれば、むしろ私たちデザイナーが気づけなかった技術者ならではの視点やアイデアを積極的にトライしてくれます。

実際に石川樹脂の技術者はこちらからお願いした試作以外にも、いろいろな試作に挑戦してくれました。その試作品のおかげで、新たなアイデアに気づかされることが多々ありました。

7. 伝える& 8. 届ける


ARASチームは私たちseccaの他に、ブランディングやPR、それらを可視化するグラフィックデザインなど各分野のスペシャリストが集結してクリエイティブチームを構成しています。企画の構想から共に議論することで、製品の具体案ができるころには、PRやコミュニケーションプラン、パッケージなどのアイテムに関しても方針が明確になっています。

中堅企業や大企業では、企画は企画室が考え、企画に基づいた要求仕様を設計者に伝え、設計が終わるとデザイナーに意匠設計の依頼がきて、製品ができてからPR担当が動き出す、といった縦割り構造によるリレー形式でプロジェクトが進行するケースが未だに見られます。

しかし、筆者は川上の議論こそ共有すべき重要なプロセスだと考えています。なぜなら、具体的な製品企画が整理されるまでの「何のために作るのか」といった議論の蓄積があってこそ、企画の真意や熱量が言葉を超えて理解でき、その深い理解があるからこそ個々がやるべきことを明確に描けるからです。今後変化が激しい時代だからこそ尚更こういった「併走型」のチーム連携が不可欠になると考えています。また、この進め方はアウトソーシングとの連携も同様です。

企画段階からの議論とPDCA


2回3回と紹介したARASにおけるデザインの進め方はあくまで一例です。一からブランドを立ち上げる際は、大義から議論するため、どうしても時間がかかるものですし、関わる人が多い程、企画段階の議論がとても重要になります。

とはいえ、現在の変化の激しい時代においては、悠長に進めていては3カ月前の議論が今の行動と結びつかなくなるケースも多いに考えられます。これまで紹介したプロセスは決して固定化されたメソッドではありません。

どんな状況でも揺るがないビジョンは時間をかけて議論を続けながら、目先の具体的なアクションは細やかにPDCAを回して柔軟に変化を許容しながら進めるなど、プロジェクトの内容や状況に応じて、やり方は固定化させることなく自由度を持つことも重要です。

私たちもデザインを担当する相手企業の状況や、プロジェクトの内容、環境の変化に応じてプロジェクトごとに進め方を最適化しています。

本記事が、読者の皆さまにとってのデザインの活用方法に対する視野を少しでも拡げる一助となれば幸いです。

(次回へ続く)

プロフィール

上町 達也(うえまち・たつや)
secca inc. 代表取締役、プロダクトデザイナー。

1983年岐阜県可児市生まれ。2006年に金沢美術工芸大学卒業後、株式会社ニコンに入社し、Nikon1など主に新企画製品を担当。2013年に、食とものづくりを軸に独立を志し、農業を学んだ後にsecca inc.を設立。孫泰蔵氏と宮田人司氏が設立したGEUDAの一期生。金沢美術工芸大学 非常勤講師、上海同済大学や武蔵野美術大学の招待講師、他。

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PlaBase編集部
PlaBase[プラベース]

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