今回は、日本のナフサクラッカー再編の状況について解説します。
【速報】国内ナフサクラッカー再編と汎用樹脂需給の構造変化:石油化学市場レポ

この記事について
(執筆:柳本 浩希/石油化学コンサルタント)
前回は、ベネズエラとイランを巡る政治・軍事リスクや、原油市場の需給緩和下における価格変動などについてお伝えしました。今回は、日本のナフサクラッカー再編の状況について解説します。
国内汎用プラスチック需給は大きく変わる?
足元では、日本のナフサクラッカー再編が相次いで具体化しています。三菱ケミカル旭化成エチレン(AMEC)および三井化学によるクラッカー集約に向けた発表が出ていましたが、その象徴的な動きといえるでしょう。
これまで再編は幾度も議論されてきましたが、「減産」や「一時停止」にとどまり、能力そのものを本格的に削減する例は限られていました。しかし今回は、恒久的な能力削減を伴う計画が明示されており、市場ではいよいよ実行段階に入ったとの見方が広がっています。本稿では、こうした動きが国内汎用プラスチック需給にどのような影響を与えるのかを考えます。
国内ナフサクラッカーの年間エチレン生産能力は、名目で約615万トン(定修年)、実質では年間約650万トン規模とされています。現在検討・決定されている停止・統廃合計画がすべて実行された場合、その能力は実質的に約450万トン前後まで縮小する見通しです。現状比で数量にして約200万トン超の削減となります。装置の停止や集約を通じ、供給能力そのものが物理的に減少する点が今回の再編の最大の特徴です。
この約450万トンという水準は、数量構造の観点からも示唆的です。石油化学工業協会によれば、2023年の主要エチレン系製品のエチレン換算輸出量は約212万トンに達しています。国内需要が横ばいから緩やかな減少傾向にある中、余剰分は輸出で吸収されてきました。しかし市況が軟化すれば赤字輸出を余儀なくされ、数量維持がそのまま収益圧迫につながる構図が続いてきました。能力削減後の水準は、輸出依存分を縮小し、国内需要中心の運営に近づく数量と概ね整合します。つまり、クラッカー再編後は赤字輸出分が全てなくなり、国内需要量に合致する程度の能力に絞られることで、稼働率および収益状況は改善することが見込まれます。
ナフサクラッカーはエチレンだけでなく、プロピレンやC4・C5留分、アロマ類なども副生します。その先には、ポリエチレン(PE)、ポリプロピレン(PP)、ポリスチレン(PS)といった汎用合成樹脂が位置します。上流能力の縮小は原料供給量の減少を通じて川下にも波及します。これまでのように余剰を輸出で処理する調整弁が弱まれば、国内市場の数量バランスは徐々に引き締まりやすくなります。

国内の汎用樹脂市場は、需要が減少する中で能力が維持され、慢性的な供給過多の状態が続いてきました。アジア市況の下落や輸入材の流入が重なると価格は崩れやすく、マージンが圧迫されやすい体質が定着していました。国内販売は高い競争にさらされ、稼働率を確保するために数量確保を優先する販売姿勢が常態化し、スプレッド改善が後回しになる傾向もみられました。
今回の再編は、その前提を揺るがします。供給能力が物理的に削減されれば、稼働率は改善しやすくなります。稼働率の改善は価格交渉力の回復や数量処理圧力の緩和につながる可能性があります。原料ナフサ価格が安定しても供給が過剰であればマージンは改善しませんが、供給能力が需要水準に近づけば、スプレッドは徐々に正常化へ向かう余地があります。能力縮小は、価格形成の重心を「数量の確保」から「利潤の確保」へ移すきっかけになり得ます。
さらに、アジア全体でも供給構造の変化が進みつつあります。韓国では合理化圧力が強まり、中国の新増設ペースも鈍化傾向にあります。米国でも大型増設は一巡感が出ています。これまでアジア市況を押し下げてきた供給サイドの圧力が弱まれば、国内市場が一方的に価格下落を受け入れる局面は減少する可能性があります。外部環境の変化と国内再編が重なることで、需給の均衡回帰が現実味を帯びてきます。
もっとも、効果が直ちに表れるわけではありません。能力削減の実行には時間を要します。供給削減は時間差を伴って効いてくる性質があることから、市況への本格的な反映は2027~2028年以降となると想定されます。今回の再編は、需要の急回復を前提とする強気論ではありません。国内市場は成熟段階にあり、数量の増加は見込みにくい状況です。それでも供給側が現実的な規模へと収斂していくのであれば、慢性的な供給過多という構造は確実に修正されます。今後上流のクラッカーに続いて、下流のポリオレフィンなどの合成樹脂装置の統廃合についても再編が発表されることでしょう。
国内汎用合成樹脂市場は依然として不透明要素を抱えていますが、2026〜2028年にかけて能力削減の実行度合いと稼働率の改善を見極めることが、市場参加者にとって重要な視点となるでしょう。長く続いた緩和前提の市場から、均衡を意識する市場へ移行する可能性が、静かに現実味を帯びています。構造転換の進展が、業界の収益体質を左右する局面に入りつつあります。
関連リンク:
・旭化成、三井化学、三菱ケミカル「令和7年度排出削減が困難な産業におけるエネルギー・製造プロセス転換支援事業」採択を受け西日本エチレン生産体制のグリーン化推進に向けた基本契約締結(旭化成)
・三菱ケミカル・旭化成、水島のエチレン生産停止へ 三井化学拠点に集約(日本経済新聞)
1985年生まれ。大学卒業後、総合化学メーカーに就職し、石化コンビナートの現場、ナフサの調達、合成樹脂の営業を経験。その後、ナフサ取引の仲介や情報誌の編集責任を務め、2026年5月に炭化水素リサーチ株式会社を創業(https://hc-r.co.jp/)。ナフサと石油化学業界必携のNaphtha Portalを立ち上げる。
