家具メーカーとして新しい挑戦に次々と挑み、技術を進化させてきた天童木工の歴史を紐解きながら、同社のものづくりによる国の課題解決への取り組みについて取り上げます。
時代の変化に合わせて柔軟に変わってきたものづくり:天童木工突撃取材!(3)

この記事では…
(執筆:小林由美/facet)
著名デザイナーと共に名作家具を次々と生み出してきた天童木工。これまでの回では、同社が参画する改質リグニン研究や、その成果となるバイオマスプラスチックやFRP、同社の自動車内装品事業について話を聞いてきた。最後の回では、時代の変化に柔軟に対応しながら、家具メーカーとして新しい挑戦に次々と挑み、技術を進化させてきた天童木工の歴史を紐解きながら、同社のものづくりによる国の課題解決への取り組みについて聞いた。

天童木工 企画部 企画課 係長の後藤めぐみ氏

――こちらは、かなり古い時代の集合写真ですね。
後藤氏:創業当時の写真です。天童木工の起源は、職人の組合です。旧・天童町の他10カ村にいる大工や建具、指物の業者が集まって結成した、天童木工家具建具工業組合の皆さんがここに映っています。組合はその後、1942年に「有限会社天童木工製作所」になりました。当時は第二次世界大戦中ということで、家具ではなく弾薬箱などの軍需品を製作していました。
後藤氏:こちらは木製の「おとり飛行機」です。

――こちらは、飛んでおとりになるのですか?
後藤氏:飛ばないんです。敵の偵察機の誤認を誘うために地上に置いておくことが想定されていました。このおとり飛行機は、茨城県土浦の第一海軍航空省に1機5000円で10機納められたそうです。
――その後、軍需品から家具づくりへ、どのようにシフトしていったのでしょうか。
後藤氏:軍需品が必要とされなくなった後は、工房に余っていた木材を使用して、戸棚やちゃぶ台(飯台)などの家具を作り始めました。戦後、進駐軍が日本各地に駐留し始めると、国を挙げて彼らの住宅に必要な家具を製作するようになり、天童木工もこの進駐軍向けの家具がきっかけで、洋家具の製作にかかわっていくことになります。

進駐軍向け家具(ダイニングテーブルとチェアー)
――それ以降、天童木工さんを代表するような技法や家具が登場していくのですね。
後藤氏:はい、そうです。1947年には、日本の民間企業としては初めて高周波発振装置を導入しています。高周波発振装置とは、電波により電子摩擦を起こして加熱させる機械で、型に入れた材料(重ねた薄い板)に高周波を流して発熱させ、熱により接着剤の硬化を早めることで複雑な形の合板が量産できるようになったんです。この機械を用いて成形合板家具の本格生産を開始しています。その後間もなく、進駐軍向け洋家具から撤退しています。それが一時的に盛り上がった需要に過ぎなかったので、将来の需要のことを見据えて、天童木工ならではの家具を作っていこうという流れになっていったのです。
後藤氏:ダイニングテーブルや椅子など家庭用家具の他、宿泊施設や図書館、議場などのコントラクト(特注)家具にも参入します。こちらの「S-0507」は、もともと図書館向けに作られた椅子だったのですが、家庭向けのダイニングチェアとしても使用されるようになりました。こちらは今も現役の製品で、デザインもほぼ登場した当時のまま。2024年で70歳なんですよ。

「S-0507」はロングセラーの現役製品。初期からデザインに大きな変化はない。写真の製品名は「S-0507NA-NT」。
――天童木工における成形合板家具の歴史は、剣持勇さん、乾三郎さん、加藤徳吉さんの3人から始まったといっても過言はないですね。
後藤氏:そうですね。かつて商工省(今の経済産業省)の工芸指導所のデザイナーであった剣持勇さんと、同じくそこに属していて、高周波技術に関する知見を持っていた技術者だった乾
三郎が出合い、成形合板を家具製作に応用しようと研究を始めています。2人はもともと天童木工の成形合板の指導にも関わっていました。乾は後に天童木工に入社して技術に明るいデザイナーとなり、剣持さんはデザイナーとして独立することになります。天童木工が、成形合板の技術を進歩させたのは乾が天童木工に来てからです。もともと高周波発振装置は、家具を作るためのものとしてうたわれていたわけではなく、この技術を見た、当時は工場長だった加藤徳吉(後に取締役社長に就任)が「これは家具にも使えそう」と社長に申し出て、購入したものです。当時としては非常に高価な機械であったと聞いていますので、すごい決断力ですよね。

――天童木工のデザイナーや職人の皆さんが大事にしている考え方は?
後藤氏:時代ごとのニーズを捉えて、技術を磨いていくことですね。デザイナーや職人たちは、新しいものや新しい技術に興味を示し、楽しんでそれを現場に取り入れていったことが、今につながっているのかと私は思います。
天童木工の社是には、「吾々は、技術の錬磨に努め、顧客には、高品質低価格の製品を供給し、我国家具工業の先達となることを期する。」とありますが、そうした職場の風土もその考えから来るものですね。
中田氏:経営方針としても、「国産材の有効活用」を掲げ、日本の木工メーカーとして培ってきた技術を用いて、国の課題解決に取り組むことを命題としています。自動車内装品でのセルロースファイバーや改質リグニンの活用もその一環です。
――天童木工の強い想いやものづくりが、日本の未来を明るく照らしてくれることを願っています。

天童木工の社是
今回は、「木」を素材として取り扱う家具メーカーである天童木工における、バイオマスプラスチックや自動車内装品への取り組みについて取材した。「工業製品メーカーであるから、自動車部品を作る」、あるいは「プラスチック部品は、プラスチック加工を得意としてきた工場が作る」といった、「餅は餅屋」といったものづくりの在り方が、同社に限らず、時代の変化と共に変わってきている。技術が進化するとともにものづくりにかかわる人たちも多様化し、今はまるで想像がつかない「家具とはいえない、何か」が未来にはあるのかもしれない。(終わり)
ライター、編集者。町工場でのトレースや設計補助、メーカーでの設計製造現場での実務を経験。後、大手メディアの編集記者として約12年間、技術解説記事の企画や執筆の他、広告企画および制作、イベント企画など、幅広く携わる。2020年5月に個人事業 facetとして独立。

